カテゴリ:ひとりごとのひとりごと( 112 )


 ごはんを食べるってとっても大事。

 口をもぐもぐして、ちゃんと噛んで、味わって。

 
 マイナス思考がぐるぐるする時は

 もしかしたらエネルギーが足りないだけかもしれないよ。

 お腹がすいてなくってもさ

 ちょいと何か、甘いものでも食べてごらん。

 ほんとに不思議なんだけどさ

 頭がすーっと軽くなるんだ。

 ぐるぐる思考が嘘みたいに無くなるよ。

 そうして一言、魔法の呪文。

 「大丈夫だよ。だいじょうぶ。」

 これで明日も大丈夫。

 想ったように変わってく。

 想ったように、変わってく。
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 移動は基本的に自転車か徒歩の僕ですが、今日は墨田区はスカイツリーのふもとまで行ってきました。
 
 大好きなアニキと、おっちゃんのいるとこにふらりとおじゃましつつ、友人の展示を見てきました。

 そいで、恵比寿でちびっこと待ち合わせて、おしゃべりして、帰ってきました。

 しかし、追い風かと思えばいつの間にか向かい風。

 行きも帰りも向かい風ばっか。

 まるで人生そのものだぜ―、っ苦笑いしながら今日もいい運動になりました。

 
 
 今日は朝一で麻の生地を織り上げ、洗濯物もし、掃除もして、お昼から出かけて、人と会い、これから仕立てをします。

 休みはどうしても製作したくなるし、そこに集中したくなるんだけど、やっぱり人と会うって大切。

 人と話をするって必要だなー。

 より、自分自身がクリアになっていく。

 創るものも、明確に、、、、、透明度が増すというのでしょうか。

 とても穏かな気持ちで創れています。

 創ることに向かえています。

 大切なことを大切に。

 見失わないように。

 


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 手づくりのものに触れると

 時に、その製作者はいなくとも

 その人自身と触れ合っているような

 知り合ったような

 そんな気持ちになることがあります。


 つまりは

 「もの創り」という行為を通して

 その人自身がそこに現れているからなんだと想います。


 その人が、何を想い、考え、感動し、行動しているのか。

 心震えるほどに、伝わってくることがあります。
 (僕の思い込みや勘違いも含めて。笑)



 どう暮らし  どう生きるか。



 もの創りをするにあたって、こいつはとっても重要なんですね。


 だからといっちゃなんですが、僕んちの狭いテラスにはこいつたちがいます。



 ・大宇陀で見て自分もつくりたくなったから干しています。

 ・頭や根元からにょきにょきとつぼみが出てきました。



 変わっていくことって素晴らしい。

 生きているんだねー。


 もっと、もっと、生きるんだぜ。





 
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 キチジョウジギャラリーにて開催中の326さんの個展に行ってきました。

 思春期ど真ん中で、もんもんもんもんもがいてあがいた僕を救ってくれた言葉の生みの親。

 言葉の力を教えてくれた326さん。

 ご本人とお話しすることができました。

 少なからず、僕の人生にしっかりと影響を与えてくれた人と、東京のギャラリーで。
 
 しかも、今年の冬、僕らがお世話になる予定のギャラリーで。






 普遍的な事を表現することができたなら、それはいつまでたっても色あせない。

 あのころに生まれた言葉も、今の僕の背中を押す。

 最近生まれた言葉だって、僕の心をギュッとする。

 
 

 想ったんです。

 僕はこうして生きて行きたいんだなぁって。




 きれいごとだって言われたっていい。

 嘘っぽいと言われたっていい。

 愛だの恋だの言ってさ、弱い部分を見つめて、さらけだしてさ、

 夢のような理想を語ってさ、

 あいかわらずどうにもならない自分だっているんだってさ、

 もがいて、もがいて、もがいて、

 相も変わらずもがいてさ、

 もの分かり良くなんてならなくっていいんだよってさ。

 そりゃいろんなとこが痛いから、

 ぶつかりたくなんてないけどさ、

 想いやりさえ忘れなければ、

 ぶつかった後もきっと手を取り合えるはずだよね。

 僕はもの分かり良くなりすぎた。

 もう少し、声を大にしてもいいかもしれない。




 三十路になって、出来ることがぐんと増えた気がしています。

 年をとることは怖くない。

 若造が何言ってんだって怒られそうですが、ほんと、想ったんです。

 17歳のあのころより、僕はずっと自由になった。

 思い描く未来がある限り、僕は何にだってなれる。

 僕が僕である限り、僕は何にでもなれる。

 
 ありがとうと言う言葉の先には、あなたや、あなたや、あなたの顔が浮かびます。

 「みんな」なんて言葉じゃ現わせない。

 「あなた」がそこにいます。


 すごいなー。

 って想います。

 人の存在ってすごい。

 
 ひとりじゃないと想えることがありがたい。

 17歳の僕よ。

 形は色々違うけど、想うように暮らしているよ。

 だから、あの時の僕も、けっして間違ってはいなかったんだと、

 そう想えるよ。

 これからもきっと、大丈夫。

 そうだよきっと、大丈夫。

 
 また、明日がやってくる。

 そうして、明日は今となり、未来へと変わってく。

 想った通り、変わってく。







  
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 最近ミシンを踏むのがとっても楽しい。

 布が形を変えて、どんどんどんどん手が動く。

 「君は何になりたいんだい?」

 「どんな形になりたいんだい?」

 って、おしゃべりしながら、あーでないよね、こーでもないよね、って。

 そうそう、これだよ、この形だよ。

 見て楽しくて、着て嬉しくて。

 こころが元気に、しあわせになる服を創りたい。

 デコボコした織り地は仕立てにはやっぱり不向き。(だと感じている。)
 
 でもめっちゃくちゃ愛おしい。
 
 織り地がどんなに不規則でも、ラインの(布の)取り方さえ間違わなければ

 美しく、かつ、楽しく、そして着心地のいい服は創れると思うんす。

 そこを探り探り、やってます。

 
 織りはひたすら自由に。

 そして仕立ては、社会と僕自身を繋ぐ架け橋の一部でもあります。

 織ることを、創ることを通して、まだ見ぬあなたと会える日を、

 遠く離れたあなたと、また会える日を楽しみにしています。


 
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 いつだって、はじめられる。

 いつだって、かわれる。

 いつだって、やれる。



 想いを描いた瞬間から、可能性は生まれる。

 自分の背は遠慮なく押してやる。

 その先に崖が見えてもそれは足元。

 目の前に広がる景色は限りない。

 ならさ、地面を強く蹴りあげどこまでも高く飛べ。

 飛びたいと想った瞬間から

 「飛ぶ」ことは味方になる。

 
 いつだって、飛べる。


 

 
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 昨日体験に来てくださった方が言いました。

 「あの~、あの人に似てますよね!?、言われません?アツシ!」

 僕 「ロンドンブーツ、、、、じゃないですよね?」

 「違いますよ~、あのグループで唄歌ってる人たちの、、、、ボーカル二人のうちの、、、。」

 僕 「エグザイルのATSUSHIですかっ?!」

 「そうそうそうっ!サングラスてあの髪形にしたら似てますよー!」



 ・・・・・・・・どうも、「サカザイル TSUYOSHI」 です。




 予想外のことが起こると、自然と笑っちゃうものですよね。
 でも、男くさい方に似てると言われたので悪い気分ではないのがまたウケル。
 とても楽しい方でしたっ(笑)


 そんなこんなで今日は休日。
 ばっちり仕立てします。
 最近家では仕立てばっかり。
 織機を構ってやれてない。
 リネンでも織りたいのだよー。
 お家の糸とも遊んでやりたいのだよー。



 手を動かして、ものを創るってことは、こころを動かすことなんだよね。


 僕は男だから、子供を産めません。
 そう。
 当たり前のことをちゃんと意識してみる。
 そうすると、ものを生みだすことの喜びが何重にも増してくる。


 女性の愛情にはかなわないなーって想うことが、たまにあります。
 (比べるものではないですが)
 長い時間、子と身体を共にし、生きる。
 男である僕には、それができない。
 だからこそ?
 つくるとき。
 手だけじゃなく、こころを動かして、つくりたい。
 産み出したい。
 心のあるものを、温度のあるものをつくりたい。











 
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 とあるブランドの展示会に行ってきました。

 そこのデザイナーさんの言葉。



 「手づくりのもので同じものが2つあるのはおかしい」



 そのブランドは、手紡ぎの糸を使い、草木で色を染め、手織で生地を仕上げ、ひとつの服の縫製は最初から最後までひとりの縫い手が仕上げる、というスタンスをとっている。

 織り手に生地デザインの指定もしないそうだ。

 織り手の想像力を尊重するといっている。



 生地に合わせてデザインを考えるのだ、と。


 そういった製作形態をとるから、同じものはふたつとして存在しない。
 だからこそいい。
 だからこそ自然。
 

 みんな違ってていい。
 同じじゃなくていい。
 それこそが自然なことなんだよな、って。

 じつはなんも特別なことじゃない。

 「違う」という大前提を忘れなければ、大概の事は大したことじゃない。
 ちょっとしたら、すぐ笑い話さ。

 自分をぶつけるだけじゃなく、「違った」ことを受け止める心を持てれば
 世界はより、彩りを増す。

 
 「違う」ことを「違う」と言える強さを。

 「でもね」と言えるあたたかさを。

 「納得」はできなくとも「理解」を。
 
  
 あなたと共に。

 あなたとともに。
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 なんででしょうかー。
 最近筆が進みません。
 (正確にはキーボードですが。)
 想うことはたっくさんあるし、日々、あれやこれやとやってます。
 溢れる言葉もあるんです。
 でもなんだか、「記す」って方向に向かなくって。

 なんでだろなー。

 毎日(と勝手に思っている)ここに見に来てくれている方もいると思います。

 筆不精でごめんなさい。

 でも、僕は元気です。
 毎日、手を動かし、心を動かし、暮らしています。

 この文とも言えない文章を読んでくれているあなたも

 元気でいてくれたら嬉しいです。


 また書きますね。


 今日も、ありがとう。




 
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 僕は、どれだけ人の痛みや悲しみや苦しみや辛さや、もどかしさや、やるせない気持ちを
 どこにもやり場のない気持ちを、分かれるんだろ。

 分かろうとすることができるんだろう。

 人と人は違うから、どんなに分かり合おうとしたって

 やっぱり他人だから

 違う。

 血を分けた肉親でさえ、違う。

 違う人間。

 違う生き物。


 切っても切れない繋がりがあっても

 どれだけ分かり合えるかは分からない。

 でも、だからこそ。

 だからこそ、分かりあいたい。

 出来ること全部して、分かりあいたい。

 分かり合えていると、想いたい。

 
 
 
 先日手術をした母の症状が再発しました。
 もともと一度じゃ治らないとお医者にも言われていたそうです。
 二回やって治るのがほとんどだからねって。
 分かっていたとは思います。
 ただ、その現実。
 どうしようもない現実。



 うちのかーちゃんは、ほんと太陽みたいな人なんです。
 嫌味がなくって、あっけらかんで。
 大きくって、優しくって。
 話がかみ合わないことなんてたくさんあるけど、とても誠実に生きてきた人なんです。

 だからこそ、この状況がほんとに辛いし悔しいだろうなって、想います。
 それでも、電話越しに聞こえるかーちゃんの声は笑っていました。
 そして、少し潤んでいました。

 
 この声を、出来るだけ永く聞いていたい。
 忘れられないくらい、焼き付けたい。


 めまぐるしい日々に言い訳はしない。
 大切なものをちゃんと、大切に。
 伝わるかどうかなんてわからない。
 でも、出来る限りで伝えたい。

 
 どうしようもなく分かりあえないかもしれない。
 分かった気になることしかできないかもしれない。
 でも、それでも、分かり合えると想っているよ。  
 分かろうと、分かりたいと想っているから、大丈夫。
 もう、眼を逸らさないし、瞑らない。
 
 目の前のことを、その物事を、ちゃんと見るってずっと前に決めたんだ。

 できれば近くで見ていて欲しい。

 その先を。

 未来に続く、その先を。
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