カテゴリ:ひとりごとのひとりごと( 112 )


 ずっと捨てられずにいたスニーカー
 何度も何度も履いて底もすり減って
 踵も穴が開いて
 また同じモデルを買っては
 履いて、履いて、履いて
 また、履きたいと思う
 そんな物と出会えて本当に嬉しい
 

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 明日はイベント出店
 どんな時間と出会えるのでしょう
 楽しみです
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 6年間お世話になった手織工房じょうたの勤務が終わりました

 じょうたにいてよかった

 じょうたでさをり織りを初めてよかった

 じょうたに集う人たちと出会えてよかった 

 じょうたと関わることができてよかった

 本当によかった

 手織工房じょうたを吉祥寺につくってくれた城達也さんに、改めて感謝いたします

 さをり織りを伝えてくれて、ありがとうございました

 じょうたを初めてくれて、ありがとうございました

 僕の人生はどれほど豊かになったことでしょう

 でも、振り返ることはしません

 行けることころまで、進めるだけ進みます

 未来へ、向かいます
 
 見ていてくださいね

 人生を、走り抜けます



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先日、「工房からの風」という10月に行われるクラフトフェアに関わるトークイベントに参加しました。

これまでの出展者さんとこれから出展、応募を検討している方々とが参加される会でした。

僕の周りの創り手には「工房からの風」出展者が多く、あの人も、この人も、あれ、実はこの人も出ていたの?何てことがあり、自然と僕自身にとっても身近なイベントのひとつでした。
去年は「大住潤さん」が出展されたことで、より身近な存在になったことは記憶に新しい出来事です。

そうして、僕も「工房からの風」に出たいという気持ちを自然と抱くようになりました。

これまで3度、工房からの風の会場に足を運び、場の空気を感じ、出展者の方々とお話しをさせてもらい、会場のお客様方の存在を受け、いつも同じ気持ちになっている自分がいました。

ここはなんて幸せな空気なのだろう。
なんて優しい場所なのだろう。
目頭が熱くさえなりました。

創ることに真剣な人たち、人生の軸をそこに置いた人たちと、その人たちと共に生きようとする人たちの存在は、僕が求めていた世界を感じさせてくれました。
そして、僕はこの世界の住人なのだと、再認識せざるを得ませんでした。

創ることは生きること、そして喜びと共にあること

そう思って生きていますが、創ることとの関わり合いは人それぞれです。
それでいいし、それがいいとも想っています。
創ることがもっともっと身近になればいいし、「創る」という行為自体に意味や価値を感じられる人をもっと増やしたいと想っています。
この想いと共に、自ら創りながら、織ること、創ること、考えることを伝えがなら気がついたこと。
それは、どうしたってやっぱり僕は「創る人間」なのだということでした。

織りと共にある暮らしを始めて6年目。
僕は独立を決めました。

創ることと共に生きたい。
生み出すことをしていきたい。
根っこにあった想いが溢れ出てきたのです。

そうして、創ることに、暮らしに、人に、自分自身に真正面から向き合おうと決めた時、ようやく「工房からの風」に応募できると思いました。

冒頭のトークイベントは応募開始の一ヶ月ほど前。
そろそろだな、と確認しようとサイトを見たらこんなイベントが。
たまたまお休みと重なり、これは行くしかないと、勢い勇んで参加してきた次第となったのです。

そこで、「工房からの風」会期中とは違った場で過去の出展者さんたちと、今後出展を予定されている方々と出会い、運営の方々と出会い、直接それぞれの想いや考えを伺うことができました。
すると、少し違う考えが生まれてきました。
それは、「工房からの風」に出られなくっても大丈夫、という気持ちでした。
創る人と、その創る人の周りにこんなに真剣な人たちがいるならば、僕は今年出られなくっても大丈夫。
もちろん出る気まんまんですし、僕には今年出る必要があるのですが、もし出られなかったとしても大丈夫。
素直にそう思えました。
僕以上に今年出る必要がある方がいたという、ただそれだけの話のような気がしたのです。
なんだかとっても不思議。
出たいのだけど、出れなくってもいい。
こんなこと、本当はこういった場には書かないほうがいいのかもしれないけれど、本当に思ったし、だからここに留めたいと想いました。
去年、工房からの風に大住さんが出展決まったと聞いた時。
僕は本当に、本当に嬉しかったのです。
だからここに書きました
それと似たような感覚でしょうか。

「工房からの風」の存在は、出展の可否に関わらず、すでに僕の活動を肯定してくれていたのです。

なんだかそんな気がしました。

想いの丈を詰め込んだ応募用紙はもしかしたら見ずらいかもしれません。
やり場に困るかもしれません。
それでも、僕には僕のできる限りの伝え方をするよりほかありませんでした。

もしもご縁があれば、流れる水のように物事は進むのでしょう。


だから僕は、今日も自分にできることを

自分の真ん中がしたいと想うことを

明確なだけ明確に、よどみなく、迷わずに

生きていこうと思うのでした


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  信じている対象が揺らいだ時
  それはきっと何より、自分自身が揺らいだ時
  自分が揺らいだから、相手が揺れて見えたのでしょう

  僕は、信じることはいつだって大変だと思ってしまう
  自分一人で期待したり、がっかりしたりしている
  そうして、そんな気持ちに慣れようとしたりしている
  
  辛い想いをしたくないから

  がっかりしたくないから 

  でも、本当に大切なことは
  痛みに慣れることじゃなくって
  
  その痛みを抱きしめながら
  それでも諦めずに信じること

  そう想わせてくれた出来事に

  40年後の未来を捧げたい


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僕は創る人間であり、伝える人間なのだと
そう認識するのはいつだって人とのやり取りの中にあります
手を動かすことは頭を働かせることであり、心を動かすこと
それは明確であれば明確であるほど、不確定な魅力をも引き出します
自分の中にあるものを出す作業は、いつだって歓びと共に
もっともっとできる
もっといいものが創れる
枯れない泉を見つけた気持ちです



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 これからも、この先も、ずっと人とともに歩んでいきたい








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 織りで野菜を表現したいと思ったことはないけれど

 この色彩にはいつもため息が出ます




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 純粋な表現にはいつも心を奪われます

 ただただ美しいものに、豊かな姿勢に

 これからも心掻き乱れていたい


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 西武の作品展が終わり、少しの時間が経って。
 久しぶりに一人で飲みに行きました。
 20代前半から中頃はあんなに飲み歩いていたのに、ここ最近はまったくといった感じで。
 でも、なんとなーく飲みたくなって、ふらりと、ふらりと。
 家で飲むのではなくってね。

 去年あたりからお付き合いのあるデザイナーさんとの打ち合わせやら、作品を求めてくださる方とのお話やら、いろいろなことが心地よくって、気持ちが良くって 。
 きっと、いろいろなことが自然に流れて進んでいるのだと思います。
 だから、きっと、心を緩められるのだと思います。

 僕はつくることが大好きです。
 自分でできる限りのことはできることは自分でしたいと思っています。
 だからこそ、自分でできないことはできる人にお願いしたいと思います。
 そうやって、人と共にいろいろな物事を進められたらいいな。
 ちゃんと、人に依存しながら、依存されながら生きていたいな。
  
 お酒を楽しめること、心地よい気持ちで飲めることって、改めて大切だなって思いました。
 そんな状況であることっていいなって。
 
 結局、何を飲むかより、誰と飲むか。
 どこへ行くかより、誰と行くか。

 だよなーと、これまで何度となく感じたことを、今宵も感じた、そんな夜。

 
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 ベランダですくすく育つのらぼうくん

 生命力たっぷりだ

 さー、どんどん育て

 どこまでも伸びていくのだ

 世話が焼けないと楽だけど、手間がかかるほど愛おしくなるのだから

 人間の感情って不思議なものだ


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