2015年 04月 29日 ( 1 )


 サンキューオトノハ朝市!を書こうと思いつつも、なんだか筆が進まなくって
 進まないってことは、書かなくていいってことなのかなーなんて自己都合の解釈をしてみたり
 それでも、すべては自己都合でしか動けないよなーなんて思ってみたり。

 やっぱり僕の根底には「性善説」が流れているのだと感じます。
 そりゃー色々な人とがいる訳で、人の数だけ人生と、暮らしと、想いとがあって、悲喜こもごもの波があって、それこそが人生の「味」だという云われも理解しつつ、やっぱり人は優しい生き物だと想うのです。

 そう感じる事の出来る、今の暮らしに、ささやかに乾杯!

 創ることと共にある暮らし。
 人と共に、人の想いと共にある暮らし。
 これ以上は何もいらないのかもしれないなー。
 人の想いって、形が無いけど、形を変えていろんなところに存在するんですものね。
 それを感じる事が出来るってだけで、充分豊かな暮らしですよ。
 ありがたいことです。
 「豊かさ」の尺度は人それぞれだけれども、根底にある「歓び」の種は、その種を植える土壌は、みんな共有出来るはずなんじゃないかな。
 なんだかそんな気がするんです。
 あーだこーだ言いながら、なんで伝わらないかなー、なんて言いながら、それでも僕は
 人と共に生きる豊かさを、今日も感じて生きています。
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