2014年 11月 10日 ( 2 )


 とても、とても不思議な一日でした。

 ゆっくりめに起床した朝。
 陽はようようと昇っている。
 たまった洗濯物を片付けなければ。
 急いで洗濯機を回す。
 昨夜(と言っても午前4時)織り上げたばかりの作品を横目に見つつ、まぶしい陽のもとに出る。
 太陽の光は、ただそれだけで僕の気分を高揚させる力が在る。
 今日は行く所がたくさんだ。
 いつもながら想う。
 やりたい事、行きたい場所、会いたい人がいるって事は、しあわせなことなんだよな。

 ひとしきり、家でしか出来ない事を片付けて井の頭線へ。
 電車へ向かうホームの途中。
 サングラスをかけた女性が後ろから小走りに駆け寄ってくる。
 「すみません、そのパンツうさぶろうさんのですか?」
 なんでも、織物をずっとしたくてようやく始めて、付きたいと思う先生に教わる為、月に一度那覇に行って織りや染めを教わっているそう。
 今日もこれから青山で初めて藍染めをするのだそう。
 嬉しそうに、楽しそうに、織りの事、日々の事、仕事の事、パートナーの事を話す彼女との吉祥寺〜渋谷間はなんとも楽しいものでした。
 そうして足は新橋へ。
 先週オープンしたばかりの「手織り工房仁佳」さんへ、お祝いの言葉を届けに。
 はじまったばかりの空気は場所も人も真っ白で、これからたくさんの色に染まりながら、仁佳の色になっていくのだろうと思う。

 次は京橋へ。
 「黒須昇」さんの画を観に。
 たびたび通う「アートスペース繭」さんで開催されている。
 DMの画と文に魅かれて、それ以外何も知らずに行く。
 作品鑑賞は、予備知識が無ければ無いほど面白いと思うんだ。
 画に眼が向くようになったのも、織りを始めてから。
 個性とはなんぞや。
 表現をして生きるとは、どうことぞや。
 知れば知るほどに、深みにはまる。
 とどのつまり、モノとの出逢いは人との出逢いなんだよな。
 ギャラリーオーナーさんとの談笑中、ふと入ってきた女性もまたギャラリーのオーナーさん。
 とってもポジティブな空気を纏いながらとある展示会を紹介してくれました。

 「鎌田紀子 展」
 DMの作品から醸し出される雰囲気は、おどろおどろしいというか、怖いというか、気持ち悪いというか。
 とにかく「異形」であることは間違いないのだが、とても気持ちよく進めてくれた言葉に乗って、予定に無い場所へ向かう。
 B1F。
 無音の空間に在るその作品達は、声なき声を発している様な存在感で。
 僕の背筋は声にならないモヤモヤを感じつつ、眼を背けたくなる様な気さえしつつ。
 それでも眼を離せず、どうにかこうにか向かい合いつつ、作者である鎌田さんとお話をしてきました。
 作品に意味は込めない。
 好きな物を形にする。
 つくりたい時につくる、、、、、、、。
 話せば話すほど、その作品達は表情を変え、僕に語りかける言葉も変わり、でもそれでも。
 それでも、涙が滲んでくるほどのエネルギーはどこから来るのでしょうか。
 そのモノに込められた想いが無いのであれば、そこで感じる気持ちはきっと、僕自身の気持ちなんだろうな。
 人の作品を見ながら、自分自身をみているんだろうな。
 それでも言葉にできない感情に戸惑いながら、それでも、この創り手と判り合いたい想いにかられ、ツギハギの言葉を並べながら、結局見えたのは自分自身だけでした。
 「創ること」の無限性に、可能性と少しの戸惑いを感じつつ、それでも「創ること」は楽しいのだと。
 「創ることって面白いですね」
 鎌田さんは、子供の様な無邪気な笑顔で
 「はいっ!」
 と応えてくれました。
 
 階段を上がれば陽も少し傾いてきて、空気もひんやりしてきていて。
 滲んだ高層ビルたちは、やっぱり無機質なんだけれど、そんな土地にこんな生き物くさいモノたちが集まるなんて、この状況もまた不思議なものだなーと、想うのでした。

 15時を過ぎて久しぶりの青山へ。
 「工房タリフ」さんの展示会。
 綾織りという組織の変化を、サンプル織りと共に見せていただく。
 「伝える」ということ。
 そこには人がいて、人の数ほどの想いがあって。
 正解も間違いも無いと言うこと。
 洋の織りと和の織りの考え方があるということ。
 いわゆる「基本」ということ。
 糸、という素材の事。
 自分は何がしたいのか、向いているのかということ。
 合う、合わないもひとそれぞれ。
 だからこそ面白い。
 向かう方向は違えど、共有することの多い場でした。

 青山という場所は、それこそ10年前。
 必ず週に一度は足を運び、お店を回っては、心を躍らせた場所です。
 歩いて渋谷へ向かう途中、見たことのある造形が室内前面にディスプレイされた空間に眼を取られる。
 
 「木村浩一郎」さんのお店だ。
 おもむろに足を踏み入れたらご本人もいて。
 お久しぶりの再会に、僕の事を覚えていてくれたことにも喜びつつ、ひとしきり会話を楽しむ。
 伝統と革新。
 東京と地方。
 ものづくりをするということ。
 自分の美しいと想うものを形にするということ。
 普遍的なものがあること。
 誰に伝えるかということ。
 アナーキーであるということ。
 自分が産み出したものを愛するということ、、、、、、。
 話題は多岐にわたりましたが、そこに明確な「自分」という存在があって、「想い」と「技術」と「偶然」があって、「創り続けること」があって。
 一人の人間同士で、感覚的な事も含めた話が出来るということは、とっても心豊かな経験になる。
 話をしてくれる人がいる。
 僕も、「惜しみなく出す」ことのできる創り手で在ろうと、心に刻む。

 いつの間にか陽もしっかり暮れて、最後は新代田へ。

 女流書家である、「中山雅心」さんの個展が本日最後の目的地。
 「ダイタデシカ、」という、なんとも柔らかい雰囲気のお店が会場です。
 初めて来たのに、前にも来た事があるような、ずっとそこに在る様な。
 とても気持ちのいい空気のあるお店でした。
 書に対してはまだまだ数も見たことありませんが、と言っても、文字は生まれてこの方31年、ずっと書いてきている訳で。
 人の文字もたくさん見てきている訳で。
 プロ、というのは、どれだけその対象に意識を深めて向けられるか、だと思うのですが、なるほどなるほど。
 美しく、面白く、造形のような文字もあるんだな、と。
 彼女の人柄も知っているからか、より、文字に対する愛着が湧く作品たちでした。



 今日はたくさんの人に出逢い、たくさんのモノと出逢い、意図して動く事とそうでない事の偶然性と必然性を感じ、動けば動くほど、必要な事は向こうからやってくるのかもしれないな。と、感じています。

 何処へ行き、誰と出逢い、何をし、何処へ向かうのか。

 作為の外の事は、いつも身近にあって、そこに身を委ねることができるかどうかで、暮らしの味わいは簡単に変える事ができるということ。
 めまぐるしく変わる状況も、自分で決めた。という事実が根底に在れば迷う事も、惑う事も無いということ。
 経験が、体験が僕に言う。
 
 想う道を進めよ。
 必要なものはすでに、そこに置いてあるから。
 ちゃんと足下見て、それを拾えよ。
 そうして、それと共に、進めよ。








 
 
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by pops-fabric | 2014-11-10 23:45 | 日常のこと

 オーバーショットのダイヤ柄を織り上げ。
 この柄は二作目。

 高ぶった気持ちをそのままに

 織りたい時に、その時織りたいように。
 
 作為の外にある美しさを

 自らの中にある美しさを

 向かい合うようで

 共に先を見ている様な

 そんな感覚で。



 モノとは、人が使ってこそ、人の暮らしに寄り添ってこそ、人と共にあってこそだと考えています。

 つまり、完成はもう少しあと。

 あなたと共に暮らしてこそのモノがあると、考えています。





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by pops-fabric | 2014-11-10 03:49