「圧殺の海」を観て

 「圧殺の海」
 その名の通りの内容でした。
 ドキュメントとはいいつつ、やはり編集が入れば制作者の「狙い」が存在することと思います。
 その作品をもって何を「伝えたい」のか。
 しかし、「圧殺の海」にはそれは感じませんでした。
 少なくとも、僕は。
 作品、というより、映像。
 そんな印象でした。
 ナレーションも必要最低限で、むしろ、もう少し状況説明があった方がいいのでは?と感じるくらい。
 それほど、ありのままに、受け手に委ねられている映像ではないでしょうか。
 そうして僕が得た感情、感想。
 
 沖縄は今も戦っている。
 ずっと今も、戦場なのだな。

 心苦しく、痛く、辛い現状が映し出されていました。
 そして、これが事実なのだと思いました。
 命をかけて(大げさではなく)辺野古の新基地建設を止めようとする市民。
 それを無表情で「危ないですから」と止める警察、防衛省、海上保安庁の人たち。
 「排除!排除!」と叫び、抗議行動を起こす市民を羽交い締めにしていました。
 排除は出来ても逮捕は出来ない。
 行政の方々も本当は分かっているのだと思います。
 それでも、やらねばならぬ理由があるのだと思います。
 それぞれの正義を抱え、そこにいるのだと思います。
 でも、想いがあれば、自分の正義があれば、交わる事は出来ずとも話し合いは出来るのではないか。
 やり取りをすることはできるのではないか。
 会話すら無く、無表情で「業務」?を遂行?する人たち。
 そんな映像がほとんど。
 でも、本当はどうなの?
 現場ではどうなの?
 そんな思いで、上映後、トークショーで藤本さん(監督)小森さん(東京大学教授)に質問してみました。
 
「抗議活動を止めようとする人たちにも、正義を持ってやっているという熱はあるのでしょうか。」

 答えは
 「みんな仕事でやっているような人たちばかりのように感じる」
 でした。

 抗議行動に対し、暴力行為(羽交い締め、押さえつけなど)をもって対応してくる人たちはいつも同じ人たちなのだそうです。もしかしたらそれ用の訓練を受けているのかもしれない、とも。
 でも、中には心苦しそうにしている人たちもいる、と。
 入れ替わり立ち替わりで機動隊員は変わります。
 でも、変わる機動隊員は心がぶれた人たちだ、と。
 心が動いてしまった隊員は市民への対応が出来なくなるから、変わるのだそうです。
 だから、デモは直接その場にいる人たちに語りかける、極めて人間的な行為なんですね、と言っていました。

 怒りに満ちた現場で、80歳を過ぎたおばあが身体を張って抗議する光景はとても辛いものです。
 そして、訴える事は、自分の為ではなく、未来の事を想ってなんです。
 なおさら辛くてしょうがない。
 沖縄は今も戦場になっています。
 弾丸こそ飛んでいないけど、これは戦争状態じゃないか。
 そう思わざるを得ませんでした。
 心だけでなく、身体も痛めて戦っている人たちがいます。
 
 社会の現実を知る度に、幸せは与えられる物でなく、自分でつくるものなのだ、と感じます。
 でも、これは僕の感情です。
 僕の考えです。
 一人一人が自分の感情で判断し、動くことなのだと思います。

 ポレポレ東中野で24日まで上映されています。
 心が動いた方は是非、観に行ってみてください。

ポレポレ東中野」 

「圧殺の海」公式サイト(◀︎こちらをクリックしてください)


 

 
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by pops-fabric | 2015-04-13 20:41 | 日常のこと