官邸前に行った後の気持ち。


絶対の正解は無くとも、絶対に間違いはある。
そう想っていましたが、「絶対に間違い」ということも実は無いのかもしれない。
 
官邸前の抗議行動に参加して、一夜経って、今。
そんな気持ちがあります。

デモは国民に与えられた権利であり、正当な抗議行動です。
しかし、全ては体制側が決めたルールに沿ってのものでした。

自由ってなんだ?
公ってなんだ?

それでも、人々の叫びは止まることはなく、大きさは増すばかり。
そこには笑顔なんてあるはずも無く、ただただ、悲痛な想いが渦巻いていました。

「集団的自衛権反対!」
「安倍は辞めろ!」
「安倍を倒せ!」
「9条壊すな!」
「閣議決定即時撤回!」

戦いたくないから、戦争なんて嫌だから、人を殺すなんてしたくないから。
だから、今、戦う。

結局戦うしか無いのでしょうか。

デモは非暴力の戦いです。
抗議行動は「声を上げる」(行動に移す)ことでそれぞれの姿勢を表現することだと思っています。
 
でも、戦いは戦い。
戦っている所に笑顔はない。

そのことがどうしても辛かった。

シュプレヒコールを先導する者を囲う19人の警官。
通行規制。
もはやそこに対話はありません。
殺伐とした空気が充満していました。

それでも、今、辛くても、後で笑う為に。
愛する人と、子や孫たちと笑って暮らすために、今、心を傷つけているのでしょう。

僕は最後まで、声を大にし、叫ぶことができませんでした。
ただ、その場にいて、現状を見つめることしか出来ませんでした。
僕にあったのは「怒り」ではなく、「寂しさ」や「悲しさ」でした。
想像力が足りないのかもしれません。
まだ、その場にいても、人ごとなのかもしれません。
大切な人を失ってから、声を上げても遅すぎることも分かっています。
でも、叫べませんでした。


一夜経って、安倍さんの会見を見ました。
何も知らずに、ただあの会見だけを見たら、大概の人は何の疑問も持たないのでしょう。
それくらい、落ち着いて、しっかりと、
「なぜ、集団的自衛権が必要か」
「憲法解釈の変更をするのか」
を話していました。

抗議行動の様子もテレビではほとんど流れていないそうですね。
新宿であったあの痛ましい出来事も、テレビではほんの少しの局が報道しただけとか。

情報操作。
印象操作。

色んな思惑と、想いとが廻っています。
それぞれが真剣に考えて、考えて、考えた結果なのでしょう。
「平和の党」と言っている公明党の山口さんが同意を示したのも、明確な理由があるのでしょう。
あとで笑えればいいと想います。
でも、不安と共には進めない。
目隠しをしたままじゃ進めない。


全部を理解するなんて不可能だし、出来っこないけど。
でも、理解したいと想っている。
だからちゃんと、話しておくれよ。
足りない所は勉強するよ。
だから、もう少し、こっちの話も聞いておくれよ。
緊急閣議だなんて言って、慌ててバタバタ決めないでおくれよ。
不安に不安を掛けても肯定になんてなりっこ無い。


まったく、心落ち着かせてなんて、いられやしない。
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