人(自分)のふり見て我がふり直せ。


4年前に書いた自分の言葉に、気付かされます。

そうだよなーって。

ついつい状況がうまく回り始めると、それがいつの間にか当たり前のように感じてしまって、そのことが当たり前であることの素晴らしさを感じられなくなってしまう。
そう。
感じていたはずの素晴らしさが、「日常」に溢れると、いつの間にか「当たり前」っていゆう惰性と怠慢に汚染されてしまう。
当たり前って、ほんとは素晴らしいはずなのに(安心感と言う意味でね)、怠けてしまう自分がいる。
おぉ、怖い。


「言葉の意味」をしっかりと意識していたいと考えています。
何を伝えたいのか。
何を伝えようとしているのか。
何でその言葉が発せられたのか。
行間にだって意味がある。
その空白はなんだろう。
その沈黙にはどんな意味があるんだろう。

理性を持って、感情で理解したい。

そうそう、なんで頭のいい人って「論点をすり替える」ことが上手な人が多いんでんでしょうね。

ココで言う頭のいい人ってゆーのは、理論的な考え方が得意な人や物事を組み立てて考える事が得意な人のことを指していますが。
近日話題になっている塩村議員のことも、過去のことをひっぱり出して、「言われてもしょうがない」みたいになっていたりするけど、今回の事はそういった問題じゃないはずなのにさ。
個人の話じゃなくて、女性のことだったり、社会全体の話だったりのはずなのに。

なんだかなー。

です。

と、日々に思ったことをそのまんま今後も書いて行きたいです。
そうして、4年後の僕はこれを見てどう思うのでしょうね。
変わらず、僕は僕でいたいものです。
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by pops-fabric | 2014-06-22 22:34 | 日常のこと