無題


 どもども。



 今日は工房の体験で全盲の方が織りに来てくださいました。
 娘さんと二人で群馬から、新幹線も使って二時間かけて。
 ゆっくりしっかりと、ステキなマフラーを織っていかれました。


 僕は目の不自由な方とこうした近い距離で接するのは初めてといっていいくらい。
 何をしたらいいか、どうしたらいいか、どんな言葉を使えばさをりがさをりで伝わるのか。
 不自由を感じさせず、楽しんでいただけるのか。
 僕はちゃんと誠実に接することができたのだろうか。
 想像は想像の枠を超えないし、あの方の状況を想像してみたって
 やっぱり分かるわけはないし
 分かるなんて言っちゃいけない気すらするんです。
 とても失礼な気がするんだ。
 こうしたらいいかな、ああしたらいいかな。
 色んな事を考えました。

 だけど僕が言えたのは
 「何かお手伝いできることあったら言ってくださいね。」

 答えを委ねることしかできませんでした。

 「お心遣い、ありがとうございます。」
 彼女はにこっと笑って言ってくれました。


 色々お話をさせていただいたのですが、その会話の節々からはやはり全盲であるが故の表現があったように感じました。
 



 そんなことないよ。

 だいじょうぶだよ。

 気にすることないんですよ。


 
 こんなこと思ったって、「見える」僕の傲慢なんじゃなかろうか。


 中途全盲である彼女は、持っていたものを失った。
 知ることができたことを、できなくなった。


 この考えすら僕の偏見なのかもしれない。

 だからと言って尋ねることもできない。


 
 僕はあの方に何かすることができたのだろうか。

 僕にしかできない「何か」をすることはできたのだろうか。



 本当に、嬉しそうに、楽しそうに織っていかれました。
 織り上がった布を見て、本当にステキな表情をされていました。
 そのことに僕は救われました。
 
  
 僕ができることなんて、ほんとにすこしのささいなこと。
 でも、僕がそれをすることによって
 誰かの日常が少しでも心豊かになるのであれば
 そこにはちゃんと意味が存在して
 そこには僕という人間がちゃんと存在できるのだから

 これからも僕はすこしのささいなことにも眼を向けて
 だれかの日常と共に日々を過ごしたい。



  
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by pops-fabric | 2011-02-13 02:30 | 日常のこと